猫にもなれば虎にもなる。

院生による本格分析(をめざす)ブログ。ねこちゃんにも寅くんにもなれるような柔軟な姿勢。

【日常のほんの少しをスリラーに】「Welcome to Bushwick」のススメ【vimeo】

 

 現代人は忙しい。映画館での二時間は、その分の時間をスマホから引き離されるため、苦痛にもなりうるらしい。

 

headlines.yahoo.co.jp

 

 以上の記事をみて、非常に驚いた。「たった二時間」も我慢できないのか、と。しかしながら、客観的に見れば、「たった二時間」でもスマートフォンを見ないことへの不安感は、(自分自身は感じないとはいえ)わかるような気がした。普段、ちょっとでも空き時間があればスマホを触ってしまうのは事実だからだ。ただし、もともと映画館に映画を見に行った経験からいえば、すべての日常から一瞬離れ、映像の没入する「その時間」は格別なものだ。そのような経験が今後もしなくなってしまうとすれば、もったいない。

 

 そこで、似たような経験が短い時間でできるものはないかと探してみた。そこでみつけたのが、動画投稿サイト『vimeo』にあった作品、「Welcome to Bushwick[1]」だ。言語は英語だが、セリフ以外の「映像」「音」「編集」「色」などに「スリラー」が凝縮されている。初期のシチュエーションは、さえない男の子が、イケてる女の子の家にデートに来たという感じだ。

 

 

vimeo.com

 

 

【以下、映像の「スリラー」解説 ※ネタバレ注意※】

 部屋に到着したところから映像は始まる。明かりがつけられる。二人の距離感が絶妙なので、なんとなく恋人同士ではないけど親しい男女なんだなとわかる。二人のカットバック。交互なので、ロマンチックなはずなのに、不穏だ。二人の顔の影が暗すぎるし、音楽にも緊張感があるから。すべては、セリフ以外でなんとなくわかる秀逸な表現だ。

 

 お洒落な音楽に横並びの位置、お酒、ボディータッチ。雰囲気がいい感じになると、鼻歌とともに彼は飲み物のおかわりをつくりにくる。焦点のない後ろに彼女のぼんやりとした影。『リング』の貞子をも思わせるその影は、カットが変わると怪物的なおそろしい表情に変貌している。暗さ(照明)や緊張感(音楽)による「不穏さ」が彼女の顔の怪物化へとつながるのは、まさに「スリリング」な表現の加算方法だ。

 

 とっさに逃げる「彼」。逃げ込んだのは、バスルームだ。逃げ込む前の一瞬空白のバスルームでは異常が起こっている。壁にかかった絵が床から壁にひとりでに這い上がるのだ。ここは何かがおかしいとわかる。そして、バスルームの色は白く明るい。ドアの金具は、外からものすごい力で開けられようとしている。彼は、すこしずつさがっていく。明るさは、彼の焦燥の表情を前景化し、背景のバスルームのカーテンを少しずつあぶりだす。

 

 バスルームは、ヒッチコックの『サイコ』から恐怖=スリラーと殺人=死の匂いの象徴だ。おそらく、バスルームの「狭さ」が窒息的なこわさを強調し、「制限」(出入り口は一つがほとんど)は逃げられないというサスペンス的である。そのうえ、風呂部分の半透明のカーテンは、(黒沢清がよくつかうように)見えるか見えないかをあいまいにしていて、サスペンスを増殖させるし、一般的にトイレや入浴を行う空間としての「無防備さ」も絶望感をあおる。

 

 扉が静かになったのを機に、彼は壁に耳をすませるが、なぞの力に弾かれ、母親からの電話はジャックされ、「911」にもかからない。耳を引き裂くような「キーン」という音にドアの外から聞こえる怪物のような声、カットの速さ、空間の狭さ(ドアの内側だけの映像にとどめる)が緊張感を加速させる。

 

 意を決し、バスルームにあったハサミを手にドアを開ける「彼」。「彼女」は少し離れた(最初のふたりくらいの)位置に立っている。ブログ主は最初気が付かなかったが、一見普通にみえる彼女の足は関節がおかしく「変」だ。幽霊の表象としてはありきたりだが、画面の暗さ、全身が移るほど引いた構図、その後アップになるのが、彼女の「普通の顔」のため気づきにくい。「彼女の普通の顔」で、作品は終わる。では、どうなるのだろう。わからない。

 

 宙吊りのままのラストは、作品の「スリラー」が継続させるうえ、この物語がいかに「スリラー」のための作品だったかがわかる。作品は短い。物語をすべて明確化させるのは難しい。そのため、この作品は映像作品の「即時性」(その瞬間における経験)が重視されている。過去から現在の積み重ねで「把握」するよりも、現在を「体験」する作品だといえるだろう。「物語」<「表現」ともいえるだろうか。

 

 

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 エンドロールをいれても6分間の映像だ。スマホの通知などを切って、自分の部屋のパソコン(または、スマホ)で見てみてはどうだろう。そして、今後このようなネットのショートムービーは、現代人の「映像体験」においてひとつの可能性なのかもしれない。いつでも、どこでも、短時間でも、日常にすこしの「かけがえのない瞬間を」。「Welcome to Bushwick」のススメ。

 

 

[1] Bushwickはニューヨークの街の名前。ウォールアートで有名。