文系大学院生とまるの分析の森

映像分析を中心にさまざまな作品について。猫ちゃん、大好き。

◤「アバい」動画、「実はリクヲは国王でした。」【アバンティーズ】

  本当に困ってしまうことがあります。それは、YouTubeに毎日いい動画があがっていることです。この感動すべき事態に、当分析ブログのなかの人間は分析したいものがありすぎる!しあわせ!っとテンパっております…🤔

 

 

 さて、話が変わりますが、おとといはエイプリルフールで改元後の年号が発表されるというなんともユーチューバーにとっては難しい方向性での騒乱があった一日でしたね。実際、なんにんかのユーチューバーは休みだったりもしました。エイプリルフール+改元後の年号が強すぎて話題はどうしてもひっぱられてしまいますもん。

 

 そんななか、アバンティーズがそれらをすべて引き受け、背負うという動画を発表しました。「リクヲは実は国王でした。」という動画です。まじ「アバみ」といったところでしょうか。今日はこの作品を分析していこうとおもっています。

 

 

アバンティーズとコラージュ能力

  よく、YouTubeのネタはだれがはじめたのかということを議論するひとがいる。たしかにアイディア勝負のクリエイターはおもしろいし、みたことないものをもとめる気持ちもわかる。

  しかし、YouTubeにはその性質上から、あるいは膨大な情報量をもち、おそらくたまたまでもかぶってしまうことがあったりするのだ。それを一概にすべてパクりとはいえない。日本文化が他国のもの+独自のものというのをうまく絡ませて発展し、独自の文化として昇華さらたということも無視してはならない。

 

  そんな、引用から独自なものへと推移するその運動が軽やかなのが「アバンティーズ」だ。「アバンティーズ」は若者に人気が高い四人組YouTuberで、おそらくその引用→独自の作品という運動の「軽やかさ」の観点では一番といえる。運動線がすっきり無駄がないからこそアバンティーズは「かっこいい」のだろう。(「アバンティーズはふざけててもいつもかっこいい」By 水溜りボンド トミー)

 

  もちろん、なんでこんな思い付いたのというような独特の企画もある(そらちぃの部屋を女の子の部屋にしちゃうやつとか)。それもおもしろいのだが、他の人気YouTuber等の作品をその高いセンスでコラージュしてもはや新しいものにしてしまうというのもアバンティーズの「アバい」特徴だろう(「~王」シリーズや、下り坂46シリーズ)

 

  そんなコラージュ能力とかれらが力をいれてきたドラマへの愛がくみあわさった作品が今回の「リクヲは実は国王でした。」という作品に反映されている。

 

 

「りょうはサラリーマンでした」【※以降ネタバレ注意※】

 おそらくこの動画は、東海オンエアが「りょうはサラリーマンでした」 (2019/3/28公開)が元ネタになっているのではと思った。そのヒントは概要欄である。まず、「りょうはサラリーマンでした」の概要欄の冒頭二行を見てみよう。

 

今回の動画はコントでも釣りでもありません。

シンプルにりょうは変な生活をしている人だったよっていう話です。

 

 

 この文は、東海オンエアのりょうが、実は何年か東海との活動と並行しサラリーマンとして働いており、三月いっぱいで退職することを明かす。外側から見える活動量を考えても他の仕事と両立させるりょうの超人さがもはやコントレベルであり、概要欄では編集担当の本人自ら「コントでも釣り」でもないことをいう事態になっているという動画だ。では、「実はリクヲは国王でした。」の概要欄を見てみよう。

 

突然のご報告となってしまい誠に申し訳ございません。すべて事実です。

 

 こちらは明らかなコントをまさかのマジレスといったところか。素材の意味を反転させるここちよさがある。題名の語感(りょうーリクヲ、~でした)もふくめ明らかにコントのような実話を実話のようなコントにしているという反転がみられるのだ。そこでくりだされるのはかつての東海の企画「りょう王」から語感の似た「リクヲ王」へ、「リクヲ王」は「陸王」、「陸王」は「リア王」…うん?王様?と発想されるような(妄想入りすみません←)「裸の王様」的展開だ。

 

 王様=リクヲはだまされ、その王座から追い出される。ちなみに「リア王」でも王様は、事実上の追放をうけている。偶然なのか。

 

 

 

ドラマ的映像法則の踏襲

 裸の王様的な展開の物語、発想の突飛さに対し、ドラマにこだわってきたアバンティーズならではか、映像的な文法がよくまもられている。ちょっとだけ専門的なことをいえば、リクヲとそらちぃの切り返しのときの“イマジナリーライン”がしっかりと守られている。*1

 

 また、リクヲのアップから徐々にカメラが引いていくと、リクヲの足の下敷きになっているという仕掛けや、二人の関係性(上下関係、だます騙されるの関係、優劣関係)の変化をカメラのポジションであらわしていることもドラマ的なもののオーソドックスな映像表現を踏襲している。カメラのポジションはリクヲが優位の時はかれをみあげるようにとり(あおりのショット)、そらちぃを見下げているアングル(俯瞰ショット)を採用していたが、話が進むにつれリクヲが騙されるようになると、見事に逆転している。

 

 このようなしっかりとした映像法則を守っていることは、この実話を偽っている物語に映像上の虚構=ドラマ的な枠組みを導入させるだろう。あきらかな茶番にちゃんとした映像をつけているのも皮肉っぽくておかしい。これは、ひとつの本作の虚構へのメタレベル的なネタばらしでもある。ただメタ的ネタばらしはもうひとつ存在している。

 

 

 

メタ的ネタばらし

  メタ的なネタばらしは、映像にとどまらない。その投稿日時もだ。4月1日、エイプリルフールなのである。こちらの方は気が付いた人も多いのではないか。しかし、YouTube界ではエイプリルフールが大きく盛り上がったイメージはなく、新しい元号に世間は沸いていたので正直筆者は、これがエイプリルフールを前提とした徹頭徹尾のネタだったことに気が付くのに遅れた。

 

 でもその遅延こそ、この作品がどのように嘘なのかを考えさせてくれた。その遅延まで計算していた?いや、それは「妄想」だろう。しかし、アバンティーズの独特な時間感(代表作、「ツリメはのびのび」)はいつも一瞬おくれてなにかを考えさせる。それが、「アバみ」というやつなのか。おそろしい。

 

 

  

*1:イマジナリーラインについては、「覚えておきたい動画撮影の原則「イマジナリーライン」とは」を参照するとわかりやすいと思いますhttp://www.mobercial.com/article/shooting_technic/